損切りこそトレード人生
損切りできなきゃ株トレードをやる資格はない。切って切って切りまくらなきゃトレードじゃない。
6/28 演繹か帰納か
トレードを本格的に始めて以降まで、
長らくサラリーマン勤めをしていたことで考えついたことに、
人の考え方には演繹的な考え方と、帰納的な考え方と、
二つあるなということがあります。

ビジネスをする上では、必ず解決するべき課題があって、
そのアプローチの手法として、演繹的な考え方と、
帰納的な考え方があるということです。

演繹的な考え方とは、論理を一つ一つ積み上げていくやり方。
たとえば、何か新商品を考えるときに、
対象者(ターゲット)は誰で、マーケットはどんな状況で、
そこにどんな競合がどんな戦略で参入しているかといった、
基本的な情報を集めて分析し、それを自社の強みと合わせて、
考えていこうとする、王道のアプローチ。

一方、帰納的な考え方とは、同じケースで言うと、
まずは何か面白いネーミングはないかとか、
こんなパッケージはどうかとか、本来は理論的な分析があって
はじめてできるようなことを、分析をすっ飛ばして
具体的に考えてしまうようなアプローチ。

必ずしも、コトバの正しい意味とは違うかもしれませんが、
私はそんなふうに捉えていました。

どちらも、一方の考え方だけのあてはめでは、事は成りません。
演繹だけでやっていくと、必ず壁にぶち当たるし、
機能だけでやっていくと、人を説得できなかったりします。
「正しいんだけど面白くない!」とか、
「面白いけど大丈夫?」というのは、
どちらかに偏ってしまっているからそうなるのです。

ただ、個人は、両方ともに強いという人は少なくて、
大体、どちらかの考え方が得意だったりします。
なので、適材適所というのは本当に正しくて、
経理や財務は、演繹でないと困るし、
宣伝や工法は、帰納が強い方がいい、とか、
そういうことがあるんだと思います。

これをトレードにあてはめてみるとどうなるか。

個人のトレードは、独りでやっていくことですから、
その両方がある程度ないと、うまく行かないのかなと思います。

まず大切なのは演繹的な考え方だとは思います。
資金管理だけでなく、チャート分析においても、
まずは演繹的な考えでないと、基本は身につきません。
いくら経験して、沢山の事例を個別に知ってはいても、
それらが、何らかの理論や手法に結びついていないと、
次の事態への応用が効きません。

ですが、手法や理論にとらわれ過ぎると、
経験を積むときに躊躇したり思いきれない場面が増えると思います。
演繹的な人ほど、新しいことに素直になれません。

それは、チャート分析の手法が、
やっぱり根本のところは、なんでそうなるのか正確にはわからない、
からだと思います。
つまりは相場って、それほど論理的にできているわけではないし、
チャートだって、そんなに正確に描かれるわけではないということ。

ただし、成功したやり方を次々と真似していく帰納的な方法だけでは、
いくらやったって、継続性に難が出てきます。
本に出ている、成功しやすい手法は、うまく行くときは感動しますが、
うまくいかないときにどうするかといえば、
やはりしっかりとした根本手法に基づいたやり方でないと、
本当にどん底まで行ってしまうものだと思います。

相場における勘とか感性みたいなものは、
帰納的な考え方の方に入ると思いますが、
私は持ち合わせているとも思えないので、何とも言えません。

とりあえず、まずは演繹的に学び、
経験を積む中で帰納的な考え方も少しづつ学んでいく。
それが早いのかなと思います。

それはやっぱり、株トレードというのが、
数字を扱う、きわめて抽象的な世界だからなのでしょうかね。

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