損切りこそトレード人生
損切りできなきゃ株トレードをやる資格はない。切って切って切りまくらなきゃトレードじゃない。
6/17 トレードは日常性
明るいうちにブログの記事を更新したいと、
いつも思うのですが、なかなかそうもいきません。
毎日、見ていてくださる方々には、
本当に申し訳ないという気持ちです。

相場が終わると、自分自身の事務的な整理がまずあって、
翌日の相場についてスタンスなど考えて、
それが短時間で終われば、すぐに記事に取り掛かれます。
しかし、少しでも長くなってしまうと、すぐに夕方になり、
人と会う予定が入っていれば、夜の飲食が終わる時間まで、
なかなか一人の時間が取れなくなります。

ブログ自体は、自分自身の日記のようなもので、
その日のトレードについての心の整理をつけることを第一に、
目に見えぬ読者に向けて書いています。
いろいろと、ご意見はいただきますが、
このスタンスだけは変えていません。
そして、今は書くことが習慣化しており、
毎日、自分に何らかの決着をつけられていると感じています。

よくまあ、毎日毎日、同じようなことを書いているものだ、
と、自分ながら驚きます。
しかし、同じようなことを繰り返し繰り返し書いていても、
そのことに飽きることはないし、だから書かない、という
気持ちにはなりません。
それは、やはり、
毎日毎日、仕掛けや仕切り、なにより、損切りについては、
常に意識に上らせておくべきだと思うからにほかなりません。
自分にとっては有効だと思えているのです。

同じことを手を変え品を変え書く、ということで、
自分はずいぶん救われているなと思います。

損切りは、どこまで行っても大切です。
そして、どこまで行っても、破滅の第一歩は損切りの失敗です。

そう考えるのであれば、損切りの重要性の認識は、
日常的に考えられなければなりません。
突発ではなく日常。
お祭りではなく日常。
1回でも失敗したら、それが退場につながりかねないのが
損切りなのです。

日常というのは、もともと、本当につまらなくて、飽きやすいものです。
でも、生きている基盤は日常からしか掴み取ることができませんし、
日常の中に見出すものです。

つまらなさや、飽きやすさに負けていては、
お祭りでしか喜べなくなります。
人は小説やドラマの中で生きているわけではありませんから、
お祭りだけでは生きていかれません。

日常が嫌いだと、日常の積み重ねができません。

トレードは、つまらない日常性との戦いだと思います。
そして、長期にわたって利益を重ね続けることは、
日常を自分のものにすることだと思います。

なんとなくでもいいので、このイメージ、
わかりますでしょうか?

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